琵琶湖を舞台に、豊かな発酵文化をたどる2日間の食の旅。現代寿司の起源とされる旨み豊かな鮒ずしから、チーズやスイーツまで、地元料理の奥深さを堪能でき、あらゆる味覚を楽しませてくれます。
2025.10.29-
目次
- 発酵文化の核心へ ― 琵琶湖の旅
- 湖里庵(こりあん):鮒ずしを現代風に味わう
- Umi no Schole(ウミノスコーレ):新しい味覚に出会える発酵の拠点
- 歴史と絶景を楽しむために彦根へ
- ラ コリーナ近江八幡:スイーツと自然を満喫
- 滋賀の発酵食文化と美しい景色を楽しむ
発酵文化の核心へ ― 琵琶湖の旅

長浜 竹生島からの琵琶湖の景色
Photo by Pixta
日本の発酵食文化「HAKKO」を探る旅は、琵琶湖のほとりから始まります。名古屋から新幹線と在来線を利用すればアクセスも良好です。
日本最大、そして世界でも有数の古い湖である琵琶湖は、古くから周辺の人々にとって水と食の源でした。この地域の気候は発酵にも適しており、発酵文化が根付く大きな要因となっています。
なかでも有名なのが「なれずし」。琵琶湖の魚を米とともに数カ月発酵させた伝統料理で、冷蔵技術がなかった時代の保存食として生まれました。独特の発酵食品であるこの料理は、現代の寿司のルーツといわれています。
また、琵琶湖の水は日本の食文化に欠かせない発酵食品の生産にも大きな役割を果たしています。日本酒、しょうゆ、みそはもちろん、発酵チーズや漬物などもこの地域の名産です。時を経て、発酵食品の種類はますます多彩になりました。
今回ご紹介する2日間の食の旅では、琵琶湖東岸の街をめぐりながら、発酵食を使った料理を味わえるレストランや施設を厳選して訪れます。豊かな食文化を体感し、日本の発酵の奥深さを知る旅へとご案内します。
湖里庵(こりあん):鮒ずしを現代風に味わう

琵琶湖の食文化をめぐる旅、最初におすすめしたいのが高島市・海津の港町にある料亭「湖里庵」です。
湖里庵では、伝統的な鮒ずしを現代の感覚に合わせて再解釈した、洗練された懐石料理を提供しています。鮒ずしは、琵琶湖のニゴロブナを使った「なれずし」の一種で、塩漬けにした魚を米と一緒に2年間発酵させることで、独特で奥深い味わいが生まれます。

湖里庵を切り盛りするのは、店主で料理長の左嵜謙祐さん。代々、海津で鮒ずし専門店「魚治」を営んできた家に生まれ、その伝統を引き継ぎながら、洗練された料理で鮒ずし文化を広めています。

店内に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは大きな窓から広がる琵琶湖の絶景です。食事処と湖のあいだにはわずかな縁側があるだけで、まるで水面の上で食事をしているような感覚になります。この空間を設計したのは、料理長の弟さんです。
大きな窓からは、刻一刻と、また四季折々に移ろう湖の風景を眺めることができます。外にはかつての港の名残である木の柱が今も立ち並び、サギやカモメ、鴨たちの憩いの場となっています。自然とともにある穏やかな景色は、湖里庵ならではの体験の一部であり、訪れる人の心を深く癒やしてくれます。

料理は一品ずつ運ばれ、そのたびに料理長が料理の背景や琵琶湖の豊かな食文化の一端を丁寧に説明してくれます。たとえば、鮒が産卵するのは、稲作に用いられる水田に水を引き込む川の水であること。そのため「鮒と米の料理は、実は同じ水田から生まれている」といった興味深いお話を聞くことができます。

料理を通じて、鮒ずしの魅力をさまざまな形で体験できます。前菜には鮒の子付(身に卵をまぶした料理)が登場し、その後の料理では本格的な鮒ずしを味わうことができ、さらに琵琶マスを使った小袖ずしと一皿で様々な料理を味わうことができます。発酵した米から生まれる鮒ずし特有の鋭い酸味は、日本酒や酒粕を思わせる風味で、多くの人にとって驚きの体験となるでしょう。

そのほかの料理では、シェフの独創性と技が光ります。チーズのように見えるクリーミーなソースをまとったパスタは、実は鮒ずしを使ったもの。穏やかで優しい味わいが、鮒ずしの新しい一面を感じさせてくれます。
最後の食事には、鮒ずしのだしで味わうお茶漬けが提供され、この食材の多彩な表情と奥深さを改めて実感できます。

コースでは鮒ずしだけでなく、ビワマスやアユといった地元の魚、さらに地元産の醤油などの発酵食材も登場します。食事に合わせる日本酒はぜひご相談を。最適な一杯が料理の味を引き立て、口の中に新たな広がりをもたらしてくれるでしょう。
なお、湖里庵は完全予約制です。海外から訪れる方は、通訳付きの予約代行サービスを利用すると安心して来店できます。
Umi no Schole(ウミノスコーレ):新しい味覚に出会える発酵の拠点

2021年12月、長浜市中心部の商店街にオープンした「Umi no Schole(ウミノスコーレ)」は、琵琶湖エリアの多彩な発酵食品に焦点を当てた複合施設です。
地域の暮らしの知恵を来訪者に伝えることをコンセプトに、館内には生産の現場を体感できるスペースを設け、訪れる人が自然や生産者と直接つながる仕組みが整っています。実際に味わい、見て体験することで、食の背景や人々の思いを理解し、さらに学びたいという気持ちを育んでくれる場所です。

湖のスコーレには、訪れる人が楽しめる多彩な空間が揃っています。家具やファッション、生活雑貨やアンティークを取りそろえた広々としたショップ。42席を備え、自家製チーズやみそを使った地元料理を味わえるカフェ。滋賀の名高い伊吹牛乳を使ってオリジナル商品を生み出すチーズ工房。そして、みそや発酵食品づくりを体験できるワークショップエリアまで完備しています。

さらに、ギャラリーや書店、そして「ハッピー太郎醸造所」も併設されており、ここでは手づくりの麹を使ったどぶろく、みそ、甘酒などが生み出されています。

訪れたら、まずはカフェでのひとときを楽しむのがおすすめです。カレーやサンドイッチ、スイーツなど地元食材を活かしたメニューが揃い、館内でつくられたユニークなチーズも味わえます。ひと口ごとに、琵琶湖の発酵文化を発信したいというスタッフの思いが伝わってきます。

食事のあとは、ショップやギャラリーをのんびりと巡りながらお土産探しをするのはいかがですか。特におすすめは館内でつくられたチーズです。味わい深いだけでなく、ほかでは出会えない個性を持っています。たとえば、みそとチーズを掛け合わせた「みそフロマージュ」や、外側を竹炭で覆い、一見黒い見た目が印象的ですが、中はクリーミーでなめらかなチーズの触感が特徴の「竹炭フロマージュ」など、ユニークな商品が揃っています。

もうひとつのおすすめは「ハッピー太郎醸造所」のどぶろく。ハーブや果物、スパイスを使ったオリジナルフレーバーが豊富にあり、アルコール度数の異なるタイプからノンアルコールの甘酒まで、バリエーション豊かに揃っています。

地元の食や文化にじっくり浸るなら、長浜に一泊するのがおすすめです。琵琶湖のほとりには快適なホテルや、風情ある旅館がいくつもあります。

市街地の中心商店街には、地元の工芸品やグルメを楽しめるスポットが揃っています。中でも必見なのが「黒壁スクエア」。その中にある「黒壁ガラス館」は旧銀行の建物を利用したガラス工芸品を取り扱う名所で、日本の職人が手がけた美しい作品から、世界各地の有名なガラス工芸の逸品まで幅広く鑑賞、購入することができます。

お店の向かいにあるカフェでは、銀行時代の「黒壁」にちなんだ濃厚なチョコ風味のソフトクリームを味わうことができます。また、毎年4月に開催される長浜曳山祭を紹介する「長浜曳山博物館」もおすすめ。豪華な曳山や祭り道具を間近で見ることができ、地域の伝統文化を体感できます。
歴史と絶景を楽しむために彦根へ

長浜と次の目的地・近江八幡の中間に位置する彦根市は、保存状態の良い彦根城で知られる街です。ここでは江戸時代の日本の歴史や、琵琶湖が当時の戦乱で果たした重要な役割を垣間見ることができます。
彦根城は江戸時代(1603〜1868年)に権勢を誇った井伊家の居城でした。井伊家は関ヶ原の戦い(1600年)で徳川家康の有力な家臣として活躍し、この戦いの勝利によって家康は将軍となり、長年続いた内乱が終息。日本の歴史を大きく変えるきっかけとなりました。
城は防御壁や堀、狭間(弓矢を放つための小窓)など、戦略的に計算された設計が特徴で、中世の要素と江戸時代の技術が融合しています。また、彦根城の多くの建材は、旧大津城や佐和山城などから移築されたものだと言われています。たとえば、大津城が陥落した際には、一部の建材が琵琶湖を渡って彦根に運ばれ、新しい城の強化や拡張に利用されました。

井伊家は、力強いリーダーであるだけでなく、能や茶道を嗜む教養ある文化人でもありました。その文化的遺産は、彦根城にある広大な日本庭園「玄宮園(げんきゅうえん)」に美しく受け継がれています。
この庭園は、中央の池の周りを歩きながら四季折々の美しさを楽しむことができます。彦根城の撮影にも絶好のスポットが点在しているので、少なくとも1時間ほど滞在してじっくり散策することをおすすめします。
ラ コリーナ近江八幡:スイーツと自然を満喫

ラ コリーナ近江八幡は、和菓子の名店「たねや」と、バームクーヘンで知られる洋菓子店 「クラブハリエ」のフラッグシップ店です。到着すると、まるでおとぎ話の家に迷い込んだかのような気分になります。
店舗のコンセプトは「自然に学ぶ」。芝生で覆われた特徴的な屋根のメインショップは、周囲の田んぼや背後の山と見事に調和しており、自然と一体になった景観を楽しめます。

敷地内には遊び心あふれる仕掛けが散りばめられ、スイーツと自然を同時に楽しめる、魔法のような体験が広がっています。

ショップでは、季節の和菓子やカステラからバームクーヘンといった洋菓子まで、多彩なスイーツが揃っています。

敷地内のカフェでは、できたてのスイーツを味わえます。特におすすめはカステラカフェの「焼きたてたねやカステラセット」。焼きたてならではのふわふわの食感と、卵の豊かな風味を存分に楽しめます。

甘いものだけでなく、食事系のメニューも。カステラにも使われるこだわりの卵を使用したオムライスなどもあり、満足度は高いです。

ラ コリーナの魅力のひとつは、スイーツがつくられる様子を間近で見られること。バームファクトリーでは、熟練の職人がバームクーヘンを焼き上げる様子を観察できます。焼きたてのバームクーヘンは購入できるほか、併設のカフェでも楽しめます。

敷地の中心には田んぼや畑があり、米や季節の野菜が実っている様子を実際に見ることができる場としても整備されています。自然の景色を楽しみながら、できたてスイーツを味わうには、2〜3時間ほどの滞在がおすすめです。まるで子ども時代に戻ったような、すべてが新鮮でわくわくする体験ができます。
滋賀の発酵食文化と美しい景色を楽しむ
2日間の旅を終える頃には、琵琶湖周辺の多彩な発酵食品と、その文化的な背景への理解が深まっていることでしょう。冷蔵庫が普及する前、発酵は地元の人々にとって欠かせないものでした。食材を長持ちさせるだけでなく、素材や料理の味わいをより豊かに広げる役割もあったのです。
旅のスタートは、名古屋から新幹線で米原へ。そこから在来線に乗り換え、高島を目指して北上します。ここから、琵琶湖の発酵食文化と美しい景色に触れる、特別な旅が始まります。