ハッピー太郎醸造所は、長浜の発酵拠点「湖(うみ)のスコーレ」内にあります。ここでは、醸造のプロから発酵の仕組みを学んだり、クラフトどぶろくの多彩な味わいに出会うことができます。
2025.11.06ハッピー太郎醸造所の物語

琵琶湖の東岸に位置する美しい街・長浜には、地元の発酵文化を発信する施設「湖(うみ)のスコーレ」があります。2021年12月にオープンしたこの複合施設は、活気ある商店街の中にあり、長浜曳山まつりの曳山を展示する「長浜曳山博物館」の向かいにあります。この祭りは毎年4月に開催され、長浜で最も重要な行事のひとつです。
琵琶湖エリアの食文化において、発酵食品は欠かせない存在です。この地域の高品質な水と、琵琶湖固有の魚をはじめとする豊富な魚種が、発酵の技術を支えています。

「湖のスコーレ」は、滋賀県の発酵食文化を広めるために設立されました。館内にはギャラリーやショップがあり、丈夫な手工芸品から食品まで、地元のさまざまな商品が揃っています。
特に注目すべきは、敷地内にあるチーズ工房です。滋賀県産の牛乳を使用して作られるチーズは絶品で、施設内のカフェではワインと一緒に味わうことができます。カフェメニューには、酒粕を使ったカレーライスやスイーツなども並び、多彩な発酵料理を楽しむことができます。

この「湖のスコーレ」のテナントのひとつが「ハッピー太郎醸造所」です。ここでは、多様なクラフトどぶろく(にごり酒)を醸造しているほか、ノンアルコールの甘酒や味噌も製造しています。
ハッピー太郎醸造所を立ち上げたのは、酒造業界で12年の経験を持つ醸造家・池島幸太郎氏です。2017年に独立してからは、味噌や酒、甘酒といった発酵食品に欠かせない「麹」(米に麹菌を培養したもの)の製造に特化してきました。
「湖のスコーレ」のプロデューサー・石村由起子氏の招きを受け、池島氏はどぶろく製造免許を取得し、2022年初頭に「ハッピー太郎醸造所」をオープンしました。
この醸造所を訪れることで、発酵への理解を深め、個性豊かな数々のどぶろくを味わい、琵琶湖周辺で育まれてきた独自の食文化について学ぶことができます。それこそが「湖のスコーレ」が情熱を注いで伝えている文化なのです。
どぶろく ― 日本で最も希少なお酒

どぶろくは、古代から伝わる米を発酵させて作る伝統的な酒です。澄んでいて、上品な味わいの日本酒(清酒)とは異なり、どぶろくは濁り酒で、素朴で力強い風味が特徴です。
19世紀には、どぶろくの自家醸造が各家庭で広く行われていましたが、酒類の生産を管理・課税しようとした日本政府は、1899年にこれを禁止しました。現在でも、特別な免許を持つ醸造所のみが製造・販売を許されており、この免許制度こそが、どぶろくを日本酒よりもはるかに希少な存在にしているのです。
一般的にどぶろくは「日本酒のにごり版」と呼ばれることがありますが、ハッピー太郎醸造所を訪れて分かったのは、それ以上に奥深い世界があるということでした。最大の違いは、発酵過程で使用される「麹菌」の種類にあり、それが味わいや舌触りを決定づけるのです。

麹菌にはさまざまな種類があり、それぞれ異なる育成環境で培養され、異なる仕上がりをもたらします。日本酒造りに使われる麹は、温度や湿度を厳密に管理した環境で作られます。一方で、どぶろくや甘酒、味噌のような濁りのある発酵食品に使われる麹は、非常に湿度の高い環境で育てられ、蒸し米にしっかりと付着し、急速に繁殖するのです。
池島さんの言葉を借りれば、どぶろくや味噌のための麹造りは「田んぼを手入れする農家の仕事」に近く、一方で日本酒の麹造りは「すべてを緻密に計算する職人の仕事」に近いとのこと。つまり、どぶろくや味噌の場合はいい意味で自然に任せて、手を加えない、加えても適度にするのがコツだそうです。
この麹の違いに関する重要な気づきは、発酵の奥深さを一気に理解させてくれるものでした。
ハッピー太郎醸造所での楽しみ方:醸造所ツアーと体験ワークショップ

ハッピー太郎醸造所は、発酵の仕組みや、食材がどのように変化して栄養価を高めるのかを知ることができる場所です。米や大豆、小豆、魚介類といった限られた素材から多様な味わいを生み出してきた発酵は、古代より日本の食文化を支えてきました。
池島さんが案内する90分のツアーでは、琵琶湖と伊吹山が滋賀の食文化に与えてきた恵みについて触れます。固有種を育む古代湖・琵琶湖と、カルシウムを豊富に含む伊吹山の地下水は、どぶろくをはじめとする発酵食品や酒造りに欠かせない存在でした。
さらに、ツアーの途中では醸造所が入る施設「湖のスコーレ」のユニークなコンセプトも紹介されます。「発酵食品の宝庫」としての仕組みや、その中でハッピー太郎醸造所が担う役割を知ることができます。

ツアー後半は、味噌用、甘酒用、どぶろく用など、さまざまな種類の麹についての解説です。
たとえば、緑がかった麹菌は高品質ですが、キノコのような独特の香りがつくため、人によって好みが分かれます。一方、白っぽい麹菌は香りがなく、味噌や甘酒など子どもから大人まで幅広く楽しめる食品に適しています。池島さんは「最終的に誰に楽しんでもらうのかを考えて菌を選ぶことが成功のカギだった」と語っています。

参加者は、普段は立ち入りできない発酵タンクのあるスペースにも入ることができます。

発酵の段階によっては、実際にタンクの中をのぞき、麹菌が米と水を新しい物質へと変えていく、泡立つ様子を観察できるかもしれません。
清酒や味噌(八丁味噌など)が数ヶ月の発酵期間を必要とするのに対し、どぶろくはわずか10日ほどで完成するのも特徴です。そのため、常に新鮮な製品を次々と仕込むことが可能です。

最後には、大人の参加者には3種類のクラフトどぶろくの試飲が、子どもにはノンアルコールの甘酒が用意されています。
どぶろくの味わいのバリエーションは驚くほど豊富!ハーブやスパイス、カカオやフルーツを加えることで、無限の可能性が広がります。アルコール度数も種類によって異なり、日本酒と同程度の15%から、ビールのような5%まで幅広いのも魅力です。さらに池島さんは、料理との相性やおすすめの楽しみ方も教えてくれるので、お土産にぴったりの一本が見つかるでしょう。
ハッピー太郎醸造所では、手作り味噌体験などのワークショップや、発酵をテーマにしたさまざまなイベントも開催しています。
ハッピー太郎醸造所で試したいクラフトどぶろく

ハッピー太郎醸造所のクラフトどぶろくは、フレーバーごとに異なる色のラベルが付いていますが、すべてに共通のロゴが描かれています。このロゴは、田んぼや作物の守り神とされる「化け狐」の伝説に着想を得たものです。ラベルデザインは、切り絵作家・早川鉄兵氏が手がけています。
人気商品のひとつが「ウキウキホップ」。ホップを加えたことで、グレープフルーツのような爽やかな味わいと、ビールのような後味を楽しめます。アルコール度数は6〜8%で、気軽に飲むのにぴったりです。

定番のフレーバー「ハッピーどぶろく」は、日本酒に似た香りを持ち、オーガニック米と伊吹山の地下水だけで仕込まれています。味噌用の麹を使って低温発酵させることで、コクのある味わいに仕上げています。アルコール度数は11〜13%で、熱燗にすると特におすすめ。池島さんによると、琵琶湖のフナを使った発酵寿司「鮒ずし」との相性が抜群だそうです。
もうひとつユニークなのが「音羽の黒文字どぶろく」。日本原産の香木・クロモジを使った清涼感のある香りが特徴で、琵琶湖の源流を抱く音羽の森から採取されています。森の香りをまとったこの一杯は、和食と絶妙にマッチします。

スパイスを調合して複雑な風味を生み出した「オリエンタルホエイ」は、ベニバナやバラを含むブレンドで個性豊かな味わい。さらに、薬草の宝庫として知られる伊吹山のハーブを使った「フレッシュハーブティー」も印象に残る一品です。
多彩なラインナップが揃うハッピー太郎のどぶろくは、きっとお気に入りが見つかるはず。気になるフレーバーにぜひ挑戦してみてください。
※どぶろくは要冷蔵です。そのため、旅行の最後に購入し、できるだけ早く冷蔵保存することをおすすめします。
また、滋賀の発酵文化は県内にとどまらず、隣県とも深い繋がりを持っています。たとえば以前我々が訪れた愛知県常滑市の澤田酒造では、伊吹山から吹き下ろす風を利用して酒造りを行っています。遠く離れた土地であっても、伊吹山の自然の恵みが酒造りに活かされているのです。こうした“県境を越える発酵文化の連鎖”に目を向けると、琵琶湖エリアの食文化が持つ広がりと奥深さを、より強く感じられるでしょう。
最後に
ハッピー太郎醸造所は、長浜の発酵拠点「湖のスコーレ」内にあり、希少な日本の酒「どぶろく」を体験できるユニークな場所です。
この醸造所のクラフトどぶろくは、西は琵琶湖から、東は伊吹山までといった自然環境に着想を得て、さまざまなフレーバーが生み出されています。それぞれの一杯には、琵琶湖エリアの地形や気候が育んだ独自の風味と文化的背景が込められています。
「湖のスコーレ」へは、長浜駅から徒歩10分以内でアクセス可能。名古屋からは新幹線で米原駅まで約45分、そこから在来線に乗り換えて長浜駅へ向かうことができます。