高山の平田酒造場では、英語ガイド付きの酒蔵見学ツアーと試飲を通じて、日本酒造りの繊細な職人技と、受賞歴を誇る地酒の奥深い味わいを堪能できます。
2026.03.25一杯に醸す、高山の魂

山々に囲まれた地域に位置する高山では、厳しい冬の気候が町のアイデンティティを深く形成してきました。建築様式から地域の祭に至るまで、その影響はさまざまな分野に及んでいます。なかでも特筆すべきは発酵技術の発達です。長く凍てつく冬の間、限られた食材を最大限に活かし、食の幅を広げるために、発酵の技が欠かせませんでした。
とりわけ日本酒造りは、こうした環境のもとで大きく発展しました。身を切るような寒さは、上質な酒に不可欠な、ゆっくりと安定した発酵に理想的な条件をもたらします。また、市街地からわずか約5kmの場所にある山の湧水に恵まれ、清らかな水を安定して確保できることも大きな強みです。
日本酒は、単なる醸造品にとどまらず、人々の暮らしを支える存在でもありました。
冬の孤立感をやわらげ、温もりと前向きな気持ちをもたらし、笑いや語らいを生み出してきたのです。
こうした気候、自然資源、そして地域の結びつきが織りなす調和が、今日に至るまで高山を日本酒文化の中心地のひとつとして支えています。
今回は、高山に7軒ある酒蔵のひとつで、受賞歴を誇る酒造りでも知られる平田酒造場に注目します。試飲を含む、充実した内容の酒蔵見学ツアーは、日本文化をより深く理解したい方にとって見逃せない体験です。
平田酒造場:伝統と革新の融合

古い町並みの中心部、宮川朝市からすぐの場所に位置する平田酒造場は、高山を代表する歴史ある酒蔵のひとつです。1769年に鬢付け油やろうそくを扱う商いとして創業し、1895年に酒造りへと転業しました。現在は「酒は“造る”ものではなく、“育てる”もの」という理念のもと、丁寧な酒造りを続けています。
長い歴史に裏打ちされた伝統を大切にしながらも、革新への姿勢を忘れないのが平田酒造場の魅力です。通常は外部にあまり公開されることのない酒造りの工程を、2024年に完成した最新設備のある蔵の中で見学することができます。

同蔵を代表する銘柄が、特別な純米大吟醸 (*1) 「多賀山(たかやま)」。フランスで開催される権威ある日本酒コンクール「Kura Master 2025」にて金賞を受賞した一本です。さらに、より深いストーリー性のある銘柄を求める方におすすめなのが「昇龍乃舞」。1989年に伊勢地方を襲った大規模な台風の中で、わずか2品種のみが生き残ったことから“奇跡の米”と称される「イセヒカリ」を使用しています。また、地元産の酒米「ひだほまれ」で仕込んだ純米吟醸(*2) 「飛騨の華」も人気の一本。親しみやすく、どこか“家庭的”な味わいで、地元の人々にとって日常酒として愛されています。
*1 純米大吟醸
米・水・酵母・麹のみを使用して低温で丁寧に発酵させて造られる日本酒。精米歩合50%以下(米の外側を半分以上削る)まで磨き上げることで、果実を思わせる華やかな香りと、繊細で洗練された味わいが生まれます。
*2 純米吟醸(Junmai Ginjo)
醸造アルコールや糖類を添加せずに造られる高品質な純米酒。精米歩合60%以下(外側を40%以上削る)で仕込み、軽やかで華やかな香りと、米本来の旨味とのバランスが楽しめます。

美味しい日本酒のために平田酒造場を訪れるのはもちろんのこと、それ以外の最大の魅力は、内容が充実した英語でのガイド付き酒蔵見学ツアーです。所要時間は約40分、定員6名までの少人数制で行われるため、プライベートな空間で細かいところまで案内をしてくれます。
実際に職人が作業する製造の現場を見学した後、代表銘柄3〜4種のテイスティングを楽しむことができる、見学から試飲まで、酒造りの魅力を余すことなく味わえるツアー内容になっています。予約は公式ウェブサイトより受け付けています。
酒造りの奥深さに触れる体験:酒蔵見学ツアーの見どころ

平田酒造場の酒造見学ツアーは、その内容の濃さと参加型のスタイルが魅力的です。各回を案内するのはツアー担当の山本富司夫(やまもとふじお)氏。情熱あふれる語り口とあふれるユーモア、そしてオープンな雰囲気づくりをしてくれることで、参加者が気軽に質問や会話ができる和やかな空間が生まれます。
ツアーはまず、高山の歴史的背景の説明から始まります。江戸時代以来、この土地特有の気候がどのように日本酒文化を育んできたのかを、山本氏がわかりやすく解説してくれます。

参加者全員が理解しやすいよう、手作りの英語パネルやオリジナルの図解が用意されています。一見難しそうに思える醸造工程も、図解によってすっと理解することができるのです。日本酒造りの緻密な工程や工夫も、解説とともにたどることで、その面白さがぐっと身近に感じられます。

酒蔵内はコンパクトに設計されており、工程のひとつひとつを間近に見学することができます。米の洗米や蒸しの工程から始まり、温度管理が徹底された麹室(こうじむろ)へ。ここでは見学用の窓越しに室内での作業の様子を見ることができます。その後、酵母がブドウ糖をアルコールへと変えていく「もろみ」が仕込まれる大きなタンクへと進みます。
終盤の工程も見応えがあります。発酵を終えたもろみは専用の袋に入れられ、圧搾されて酒が搾り出されます。その後、品質を安定させるために火入れ(加熱処理)が行われ、瓶詰めされて出荷を待ちます。

ツアー中は、実際に働く蔵人たちの姿を間近に見ることができ、タイミングが合えば、杜氏(とうじ)の津田篤志(つだあつし)氏が発酵の様子を丁寧に見守る姿にも出会えるかもしれません。これは「酒は育てるもの」という平田酒造場の理念を象徴する光景です。
山本氏は、酒造りは子育てに似ていると言います。杜氏は発酵中のもろみに細心の注意を払い、温度を緻密に管理しながら理想の味わいへと導きます。
低温でゆっくり発酵させれば、穏やかで上品な味わいに。発酵をやや速めれば、より力強く、キレのある酒に仕上がります。こうした解説を通じて、一杯の酒に込められた繊細な技と情熱を実感できるでしょう。

ツアー後半のハイライトは、3〜4種類の日本酒を実際に解説を受けながら味わうテイスティングです。銘柄は定期的に入れ替わるため、訪れるたびに新たな発見があります。使用している米や醸造方法の説明を聞いた後すぐに試飲することで、純米大吟醸の繊細さ、純米吟醸のバランスの良さ、そしてそれぞれの個性の違いがはっきりと感じられるようになります。
この日試飲したのは、昇龍乃舞。昇り龍を描いた印象的なラベルが目を引く一本で、三重県産のイセヒカリを使用。青々とした稲穂が風に揺れる情景を思わせる、やわらかな香りが広がります。

対照的に、山田錦で仕込まれた昇龍乃舞 白は、ややシャープな印象で、食事と合わせることでさらに魅力が引き立ちそうな味わいでした。また、受賞歴を誇る「多賀山」も試飲。まるでデザートのように単体でじっくり楽しめる、洗練された一本で、“主役”となる存在感を放ちます。
ツアーを終えるころには、ほろ酔い気分になっているかもしれません。しかしそれ以上に、日本のものづくりへの理解が深まっているはずです。この新たな学びこそが、高山で得られる何よりも貴重なお土産ですね。きっとその後の旅路でも、ふとした瞬間に思い出されることでしょう。
酒蔵併設の店舗で楽しむ“宝探し”

ツアーを終えた後は、併設のショップでお気に入りの一本を手に取りたくなるはずです。代表銘柄である「昇龍乃舞」「多賀山」「飛騨の華」はもちろん、平田酒造場では彩り豊かな果実酒も展開しています。定番の梅酒に加え、みかんやレモンを使った爽やかなリキュールも揃い、幅広い味わいを楽しめます。

時間が限られていて酒蔵見学ツアーに参加する時間がない方や、さらに多くの種類を試してみたい方には、セルフ式の試飲コーナーもおすすめです。予約は不要で、レジで試飲用コインを購入すれば気軽に体験できます。
購入した日本酒は、持ち帰りやすいよう一本ずつ丁寧に梱包してもらえます。海外に住む家族や友人へのお土産として購入する場合には、税関申告用の書類や商品説明も用意してもらえるため安心です。

平田酒造場のラインナップを一通り見て回る時間は、まるで厳選された宝物を探すひとときのようです。受賞歴のある一本から、国産の果物のフレッシュな果汁を使用した果実酒まで、高山らしさを持ち帰るのにふさわしいお土産がきっと見つかります。
まとめ
平田酒造場は、その透明性にも大きな誇りを持ち、酒造りの舞台裏を惜しみなく公開しています。銘柄の背景にある人々と物語に触れることで、日本酒への理解と愛着はより深まる——それが彼らの考えです。蔵は単なる生産の場ではなく、それ自体が訪れる価値のある目的地なのです。
平田酒造場はアクセスも便利で、JR高山駅から徒歩約15分。高山へは、名古屋から特急「ひだ」に乗って約2時間半の風光明媚な列車旅が楽しめます。
発酵という文化がいかにして高山の個性を形づくってきたのか——その本質に触れる体験を、ぜひ旅の行程に加えてみてください。地域の精神がその一杯に凝縮されていることを、きっと実感できるはずです。