「一灯」は、愛知県南三河地域の魅力的な町・碧南にある素晴らしいレストランです。メニューは季節ごとに変わることが特徴でその時々においしい食材や行事などから、「その時期」にしか味わえない料理を常に提供しています。
2025.03.14長田勇久氏がオーナー兼シェフを務める「一灯」は、愛知県南三河地域の魅力的な町・碧南にある素晴らしいレストランです。長田勇久氏は地元の食文化を洗練された美食へと再構築し、地元食材で作られた世界クラスの料理を通じて、生産者とのつながりを感じ、対話を深める機会を提供されています。「一灯」のメニューは季節ごとに変わることが特徴でその時々においしい食材や行事などから、「その時期」にしか味わえない料理を常に提供しています。
愛知県は古くから、八丁味噌、白醤油(主に小麦と大豆を原料とする日本の甘みがあり、優しい味わいの白色の醤油)、みりん(日本料理の中で調味料としてよく使われる甘い米酒)、酢、日本酒など、発酵食品を中心とした食文化を育んできました。「一灯」では、シェフ長田勇久氏が南三河ならではの個性豊かな食材を活かし、1皿ごとに独創的な料理を生み出しています。

長田シェフは、南三河の豊かな食文化を未来の世代へ受け継ぐことも目指しています。「一灯」のコースメニューは、長田シェフ自身が地元で厳選した食材を用い、洗練された美食を提供します。魚や野菜といった伝統的な食材に加え、八丁味噌、酒粕、白醤油、酢漬け野菜など、この地域ならではの発酵食品を巧みに取り入れた、繊細で奥深い味わいの料理を楽しめます。

日本酒好きの方には、長田シェフが信頼する地元の酒蔵から直接仕入れ、厳選された地元の日本酒とのペアリングが楽しめます。長田シェフの選ぶ日本酒は、地元の食材や酒造と長年にわたる信頼関係を築いた証と言えるでしょう。「一灯」のメニューに載っているすべての食材には、その背景に笑顔で支える生産者の顔があります。
私たちは「一灯」を訪れ、長田シェフと食事をしながら、発酵文化の奥深さや、そのユニークな食材をどのようにして素晴らしい地元食材を使ったメニューに取り入れているかについて話しました。
料理の道に進んだきっかけは何ですか?

私はここ碧南で生まれました。大学の時、北海道へバイク旅に出かけ、野宿をしながら地元の人々と出会い、一緒に食事をしたり、日本酒を飲んだりしました。こうした中で、本当のコミュニケーションは食事の時間にこそ生まれるのだと気づいたのです。好きなものや苦手なものを語り合うのも、食卓の上が多いですよね。その経験を通じて、食の世界で生きることは素晴らしいと実感し、シェフになるために東京で6年間学びました。地元に戻ってからはより自信をもってこの道を歩む決意をしました。
実家は偉大な曾祖父が創業したうなぎ店です。彼がこの地でうなぎ屋を始めた理由も、地元の生産者とのつながりにあります。近くにはうなぎの養殖場があり、隣にはたまり醤油(小麦をほとんど使わずに作られ、一般的な醤油よりも濃厚な風味と豊かな香りが特徴的な醤油)を作る店があり、さらに少し行けばみりんの蔵もありました。遠くへ行かずとも、必要な食材がそろう環境だったのです。
発酵とはどのようなものですか?
発酵は、その土地ならではの個性を生み出します。なぜなら、発酵は特定の環境でしか起こらないものだからです。もともとは食品を保存するための技術でしたが、やがて地域ごとの食文化を形作る要素にもなりました。香りさえも、その土地の特徴を表します。たとえば、南三河には八丁味噌や酢の力強い香りが広がっていますよね。
南三河の発酵文化は「一灯」のメニューにどのような影響を与えていますか?
「一灯」を開店したとき、どうしても地元の食材を使いたいと思っていました。そこで、八丁味噌を作る「まるや」や「カクキュー」などの工場を見学したんです。工場見学もオーナーの話もどれもとても興味深いものでした。そこで地元の生産者の食材をぜひ取り入れたいと思い、つながりを築くことにしました。大学のオープンカレッジ講座を開講し、これまでに約150人もの生産者と話をし、今では毎年交流する機会を設けています。

地元の雑煮から着想を得て、お店のオリジナルの味にアレンジしています。
実は、愛知は特有の伝統野菜があります。季節ごとに様々ありますが、例えば八名丸里芋(タロイモの一種)は、地元で生産が開始され、郷土料理にもよく使われていました。しかし残念ながら今では、郷土料理自体やそれらの希少な地元野菜の品種が急速に失われつつあります。
日本各地の地域性の違いを示すもう1つの例として、雑煮があります。雑煮は地域ごとに大きく異なり、中にはあんこ(甘く味付けした小豆)入りの餅を使った雑煮や冷やし雑煮のようなユニークなものも存在します。
「一灯」で使っている、白醤油やみりん、や提供している日本酒でも、同じ町で作られていても、蔵(メーカーや工房)が違えば風味はまったく異なります。
つまり同じ地域内でも発酵文化が多様であるということです。国ごとに異なる菌や発酵の文化があり、たとえば日本では主に麹(アスペルギルス・オリゼ)を使います。麹は、日本酒、味噌、醤油など、使われる食材に独特の風味を与えます。一方で、ほかの国々にはそれぞれ独自の発酵菌や文化があり、異なる風味や特徴を生み出しています。
「一灯」のメニューを作る際、まず食材に影響を受けて料理を決めますか、それとも作りたい料理に合った食材を探すのでしょうか?
両方ですね! 時には、白醤油や伝統野菜のような食材を使いたいと思って、その食材を中心に料理を作ることもあります。また、最初に料理を考えて、そこに特定の食材を加えて完成させることもあります。
納豆のような発酵食品が苦手な人でも、おいしく食べられる方法はありますか?

クセがなく、甘さが際立つ地元のニンジンを使用した炊き込みご飯(さまざまな材料と調理された日本のご飯料理)
納豆はなかなかハードルが高いですよね! (笑)でも、あの独特のにおいが少ない納豆もありますし、発酵食品に慣れるのは、子どもが野菜を克服するのと似ていると思います。親が工夫して食事に取り入れるように、発酵食品も少しずつ取り入れていくことで、だんだん好きになれるかもしれません。
たとえば、ニンジンは日本の子どもたちが嫌いな食べ物のトップ5に入ると言われています。しかし碧南市では、好きな食べ物のトップ3にも入っています。このギャップはとても大きいですよね。愛知県(碧南市)には「へきなん美人」という特別な品種のニンジンがあり、「一灯」でも使用しています。この品種は甘みが強く、子どもたちが苦手とするニンジン特有の「クセ(青臭ささ)」がありません。大切なのは、世の中にある個性豊かな品種や味を見つけることなのです。
たとえば、最初に八丁味噌を味わったとき「濃すぎる」「塩辛い」と感じたとしても、いつもの味噌汁やコクのある出汁に少しずつ加えてみると、次第にその味の魅力に気づいて好きになっていくかもしれませんよ。
世界の多くの人々が「うま味」という言葉を聞いたことがあり、その意味を理解しています。しかし、「発酵」や「発酵食品」という言葉はまだあまり知られていません。では、なぜ世界中の人々がこれらに注目すべきなのでしょうか?

お店で使われているこの地域だからこそ生まれた発酵調味料
日本文化、そして特に日本の食文化は、ほとんど「発酵」から生まれたと言っても過言ではありません。むしろ、「日本の食文化=発酵」とさえ言えるほどです。
酢、醤油、味噌、酒など、日本の食文化を支えるもののキーワードはすべて「発酵」なのです。もちろん、発酵はどの文化にも存在します。たとえば、ヨーロッパでは乳製品、バター、さらにはオリーブオイルなどがあり、これらもまた「うま味」をもたらす要素となっています。和食は主に発酵によって成り立っており、さらに発酵が重なり合うことで「うま味」がより多く引き出されるのです。
最近、海外の酒造メーカーが増えてきていますね。海外の生産者が発酵文化を取り入れて、日本酒や麹ウイスキーのようなものを作ることについて、どのように感じますか?
素晴らしいことだと思います! 正直に言うと、最初は「これは本物ではないのでは?」という考えが頭をよぎりました。でも今は、そのような自由な取り組みにそれほど問題もないと思っています。日本のビールを見ても、かつては大手ブランドが独占していましたよね。でも今では、クラフトビールや個性的なビールが登場し、より自由なスタイルへと流れが変わってきています。
「一灯」は日本料理レストランですが、提供する料理に西洋の影響を受けていますか?
もちろんです。調味料は海外のものも使いますし、技術にも西洋の影響があります。フランス料理、イタリア料理、中国料理の技術を取り入れています。たとえば、火入れの温度はフランス料理から学んだものですし、盛り付け方にもその影響が見られます。
海外の方が名古屋や愛知県を訪れた際、南三河まで出かけて「一灯」で食事をした方がいい理由は何ですか?

そうですね、ご紹介した南三河の個性豊かな地元の発酵食材、白醤油、たまり醤油、みりんなどを試してみたい方は、碧南に来て「一灯」で素晴らしい食事を楽しみながら、それらをぜひ味わっていただきたいです。
「一灯」の特別コースメニューを詳しく見てみましょう
この日の「一灯」の献立は、8品の素晴らしいコースで構成されています。前菜、温かい料理、刺身、揚げ物、酢の物、煮物、主菜(食事)、そしてもちろんデザートです。
これらのコース内で提供される料理のメニューは季節ごとに変わります。取材時は1月の新年の時期ということで日本の正月料理のメニューなどを取り入れた料理が提供されました。

前菜
左から紅白なます(大根とニンジンのピクルス)といくら、これは日本のお正月によく食べられる料理です。そして黄色の小皿の料理はごぼうの胡麻酢和え、青い小皿の料理は愛知県産の鴨肉と蓮根の酢味噌和え、ハゼの佃煮を使用した卵焼き、そして右下の料理はカラスミ(塩漬けして乾燥させたハゼの卵)を使った寿司です。

刺身
地元で採れた魚の刺身。地元で作られたたまり醤油、主に大豆を原料として作られ、一般的な醤油よりも濃厚な風味と豊かな香りが特徴的な醤油で頂きます。また、白醤油に酢を絶妙なバランスで合わせたポン酢で頂くと、同じお刺身が全く違った味わいでさっぱりと楽しめます。

揚げ物
鶏肉とエリンギ、地元の里芋、そして隠し味の味噌を包んであげた春巻きです。まず、食感は里芋のクリーミーさと外の衣のサクサク感がユニークで口の中で鶏肉の旨味、エリンギの香り、里芋の甘味と隠し味の味噌が味にアクセントを加え、それはもう極上の美食体験となりました。

煮物
酒粕とみりん粕(酒を作る時やみりんを作る時に出る絞りかすのこと)を使用することでお肉を柔らかくすると同時に味に深みを与えています。また、食材本来の甘味や旨味を引き出してくれます。クリーミーなシチューを思わせ、万国共通にどこか懐かしさを感じる、心まで温まる一品です。

デザート
地元のメーカーに依頼して特別に作った最中(日本の伝統的なお菓子で、薄く焼いたもち米の皮)にフルーツと香り高い栗きんとんを挟んで頂くデザートです。一緒に提供される抹茶と一緒に味わえば、苦味とほどよい甘さのコンビネーションが最高です。
まとめ
「一灯」という店名には、「おもてなしの心と料理を通して、南三河の食文化を伝え、お客様と生産者様が交流し活性化していく、一つの灯りとなりたい」という長田シェフの思いが込められているとのこと。
長田シェフのお話を聞いて、彼にとっての愛知の発酵文化は”その土地でしかできない環境で生まれた、その土地ならではの味を生む出すために欠かせない存在”であると感じました。
美味しい”和食(Wasyoku)”は、発酵食文化なしでは語れないと今回のインタビューで改めて実感しました。