琵琶湖の北岸にある日本料理店「湖里庵」では、ふなずし(なれずし(発酵寿司))を中心に、琵琶湖の恵みを生かした上質な懐石料理を楽しめます。食事を通して、日本文化の奥深さを感じられる特別なひとときを。
2025.11.21琵琶湖:ここでしか味わえない食文化の魅力を発見

高島の桜の名所・海津大崎から望む琵琶湖
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琵琶湖周辺に根付く独特の食文化は、日本の発酵食を語るうえで欠かせない存在です。米や魚、野菜といった身近な食材を、伝統的な発酵技法によってより深く、味わいを引き出してきた、豊かな食の歴史がこの地域には息づいています。
日本最大かつ最古の湖である琵琶湖には、固有の魚種が生息しています。古くから、この湖の恵み―とりわけ魚やその栄養を保存することは、周辺に暮らす人々にとって冬や災害に備えるうえで欠かせないものでした。冷蔵技術がなかった時代、発酵はその知恵を支える重要な手段だったのです。

伝統的なふなずし
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魚とその栄養を長く守ろうとする人々の知恵から生まれたのが、発酵寿司と呼ばれる食文化です。なかでも琵琶湖のニゴロブナ(琵琶湖とその周辺の河川にしか生息していない琵琶湖の固有種の魚)を使った「ふなずし」は、現存する最古の寿司として知られています。
琵琶湖周辺を訪れると、地元の飲食店でふなずしを味わうことができます。ただし、独特の強い香りとしっかりとした食感には好みが分かれるため、初めての方には少しハードルが高いかもしれません。
そんな方におすすめなのが、高島市・旧港町の海津にある「湖里庵」。このお店では、ふなずしを懐石料理の一品として上品に取り入れており、発酵寿司をより食べやすい形で楽しめます。味や香り、見た目などすべてを通して、日本の食文化をより深く感じられる特別な食体験が待っています。
湖里庵: 琵琶湖の恵みと美しさに魅せられた料理旅館

「湖里庵」は、ふなずしの老舗として知られる「魚治」と同じ家が営む料理旅館です。どちらも高島市・海津の旧港近くにあり、湖を行き交った船の記憶を今に伝える桟橋の柱跡が残るこの場所では、サギやカモが羽を休める穏やかな風景が広がっています。
7代目主人の左嵜謙祐さんが、「湖里庵」をオーベルジュ(宿泊もできるレストラン)として現在は引き継いでおられます。かつての港町のように、旅人を迎える“温かな港”であると同時に、ふなずしをはじめ琵琶湖の恵みを生かした料理を楽しめる“食の目的地”でもあることを目指しています。

店内はシンプルながらも琵琶湖を一望できる贅沢な空間です。天井まである大きな窓と広い縁側があり、まるで水面の上で食事をしているかのような感覚を味わえます。湖の景色の移ろいを見渡すことができ、この広大で歴史ある生態系と直に繋がっているかのような体験ができます。

琵琶湖の自然美に目を向けさせるこの美しい空間は、オーナーの弟さんがデザインしました。2018年の台風で2階部分が被災した建物は、2021年春にリニューアルオープン。新たなデザインと料理のこだわりによって、琵琶湖が育んだ文化への入口として生まれ変わりました。
カウンター席からは、主人が一品一品丁寧に仕上げる様子を間近で見ることができます。座席数をあえて制限しているのは、料理長が自らゲストひとりひとりに目を配り、料理の内容について丁寧に説明できるようにするためです。そのため、訪問の際は事前に電話で予約・問い合わせをしておくことをおすすめします。
ふなずし: 寿司の原点

琵琶湖のフナ
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ここで、湖里庵の料理を詳しくご紹介する前に、なぜふなずしが「最古の寿司」と呼ばれるのかを説明しましょう。
ふなずしは、なれずし(発酵寿司)の一種で、琵琶湖周辺で食材を保存する知恵から生まれました。その名は、湖に豊富に生息するフナに由来しています。

作り方は、まず魚を塩漬けにし、その後、炊いた米と一緒に最低でも2年間発酵させます。乳酸菌による発酵の過程でうま味が生まれます。また、独特のチーズのような食感を作り出します。
伝統的なふなずしは独特の強い香りがあるため、初めての方には少しハードルが高いこともあります。

しかし、湖里庵のふなずしはその独特の香りがなく、またふなずしを単品で出すのでもなく、さまざまな料理の材料として再解釈し、提供しています。この方法により、ふなずしが他の食材と組み合わさることで生まれる、多彩な味わいを楽しむことができます。
湖里庵の懐石料理: 琵琶湖の恵みを味わう

ユネスコにも認められた”懐石料理”は、基本的に「季節感」を大切にしています。その時期に最も美味しい食材を使い、美しく盛り付けることで、季節の色やテーマを感じられるようになっています。
湖里庵でもこの原則に従い、コース内容は旬や入荷状況によって変わります。冬には野生のカモ、夏にはアユが登場することもあります。ただし、年間を通して欠かせない食材として、ふなずしは常にコースに取り入れられています。
また、料理には簡単な説明が添えられるため、味わいの背景を理解しながら食事を楽しめます。たとえば、前菜の「ふなの子付け」は、濃厚な味わいでほんのり甘さが感じられます。

二品目では比較の体験ができます。伝統的なふなずしと、琵琶マスを使った発酵寿司ではない「小袖寿司」を同時に味わうことで、それぞれの味や香りの違いを理解します。一皿ごとに、日本の食文化への理解を深める学びの時間となります。

もっとも驚かされたのは、ふなずしをチーズの代わりに使ったパスタです!発酵の過程で生まれる乳酸菌により、ふなずしはクリームのようにまろやかでコクのある味わいになります。このやさしくも奥深い風味が、添えられた野菜と絶妙に調和しています。
また、ふなずしの頭を使った香り豊かなスープも楽しめます。2年間の発酵を経た骨は驚くほど柔らかく、だしに深い旨みを与えます。
ほかにも、ふなずしの多彩な可能性を感じられる料理が並びます。大根の上にのせた「ふなずし餅」や、締めの一品として提供される「ふなずしのお茶漬け」などがあり、琵琶湖の恵みを存分に味わえるコースとなっています。

コースには、琵琶湖の魚や食材を使ったさまざまな料理が並び、地元の味を幅広く楽しめます。私たちが訪れた際は、小さなアユや琵琶湖マスを使った料理などがメニューに並んでいました。

締めくくりにはデザートとして、手作りのわらび餅が登場。ゼリーのような食感のわらび餅は、目の前で職人が仕上げてくれるため、見て楽しい、食べて美味しいひとときです。

懐石料理や魚料理は日本酒との相性も抜群です。お酒を楽しみたい方は、左嵜さんご夫妻におすすめを尋ねてみましょう。各料理に合わせた少量の日本酒を提供してくれるため、意外で発見のあるペアリングを楽しむことができます。
湖里庵での食事は、通常約2時間。日本料理や地元文化への理解を深める時間として設けられています。琵琶湖への感謝と、この地ならではの食文化の奥深さを実感しながら、心もお腹も満たされるひとときを過ごせるでしょう。
最後に
琵琶湖のほとりで、本格的な美食体験を味わいたいなら、湖里庵は素晴らしい選択です。
高島市のJRマキノ駅から徒歩約20分でアクセスできます。車で訪れる場合は、周辺の観光スポットと組み合わせたプランにも便利です。たとえば長浜の「黒壁スクエア」や、滋賀県の発酵食文化を体験できる施設「湖(うみ)のスコーレ」を訪れるのもおすすめです。また、近くの海津大崎は桜の名所として知られ、例年4月上旬には息をのむような景色が楽しめます。

琵琶湖の表情は、季節や時間帯によって大きく変わります。湖里庵での食事を通して、湖のほとりがいかに生き生きとしているかを感じられ、別の季節にもその美しさを体験したくなるかもしれません。